神戸湊川不動産代表の引越し遍歴パート1・須磨区名谷

私の引越し遍歴 

『27回』

もうすぐ39歳なので、39歳を引越し回数で割ったとしても1.44
そうです。人生で1年3ヶ月後には違う家で生活をしているのです。

ちなみに先月も引越しをしました。

 

間違いなく癖が強い?おかしい??
と思われても仕方ないのですが、
そんなことはないです。仮に、万が一そうかもしれませんが、
仕事に対しては一生懸命です。その証拠に、この度の引越しは明石から株式会社神戸湊川不動産の事務所から徒歩3分・神戸市営地下鉄『湊川公園』徒歩5分のところに引っ越しました。

 

そんな私の今までの引越し遍歴。
ニュータウンの新築戸建てパート1・5階建のいわゆる団地・3階建てのおしゃれな団地ニュータウンの新築戸建てパート2・駅前分譲マンション・下町新築マンション・下町戸建て・郊外のマンション・大阪下宿時代・下宿なのにわがまま言って新築賃貸・URなどなど様々な物件に住んだからこそお伝えできるあれやこれや、綴っていきます。

一件目『神戸市須磨区菅の台』
私は昭和54年10月に神戸須磨区で産声を上げました。
人生で最も長く生活した家です。約11年生活しました。

当時(昭和54年)神戸市営地下鉄は名谷駅止まりで、須磨パティオが出来たところでした。
いわゆるニュータウン、新興住宅地です。ちなみに名谷駅周辺はもともと山や谷だったそうですが、その山を削ってその土を運んでできたのがポートアイランドです。今では町も成熟し1日の乗降客数が2.6万人の駅となりました。名谷といえば↓

トミーズのポテトです。名谷駅前・須磨大丸の1Fトミーズの名物ポテトフライです。小学生の時はたしか180円で、じなん坊というお好み焼き屋さんと値段同じだったはず。

名谷っ子には理解してもらえるのですが、トミーズのポテトで育ったといっても過言ではないくらい名谷駅に行くと食べていました。ちなみに母親は冬場のタコスープがお気に入りでした。

 

 

両親が新婚当初賃貸ではなく、祖父母に勧められ祖父母の住んでいた同じ町、名谷駅徒歩約30分2.5キロのところに新居を購入します。駅徒歩30分といっても小学生だった私が名谷駅に行くのは、おのぼりさんに近い気分だったのを覚えています。

このブログを掲載するにあたって現地まで行き、私の住んでいた家の写真を撮ってきたのですが、現在住んでらっしゃる方がご不在だったため写真の掲載の許可をとれなかったため写真掲載が出来ませんでした。。周辺は大きな土池公園・ぼんぼん山があり、少し坂を下るときれいな川があるとても自然豊かな環境でした。

約60坪の土地に20坪の2階建。38年以上も前の記憶なので、1階部分はおおよそこのような間取りでした。

更に2階には洋室が2間あり、家族3人が住むには十分な広さでした。

結局この家には小学校5年生まで住むのですが、幼少期に少し町から離れた田舎暮らしとまではいかないですが、のんびりした環境で住めたのはとても良かったと思います。

神戸市営地下鉄『名谷』駅が、私の出発地駅となります。

このような感じで、私の記憶をたどりながら27回の引越しを通じて感じたこと・その町の良さを不定期連載でお伝えできればと思っています。